「新しい現実 The New Realities - Rebirth」へようこそ
ここにある記録が何らかのお役にたてれば幸甚でございます。

かもめもいなければ潮の香りもしない横浜の片田舎は、近くに食事できるところもないほどの辺境の地。お昼はもっぱらオプション幅の少ない社内食堂なれば、食の幽閉状態と言っても過言ではないのです。そのため、たまに街に外出できるとなるとそれはそれはかなりうれしいことなのでございます。
はからずも大手町に出かける用事があり、お昼はサンケイビル地下2階にある「中国料理 萬里(ばんり)」さんにて「海老そば」(\750)をいただきました。サービス品とのことで、大きめの海老が予想以上に多く入っています。プリプリとして旨いですなぁ。
こちらの中華やさんは麺がちょっと変わっています。やや太めの麺で皿うどんにも似た感じ。茹ですぎると簡単に煮崩れそうなやわらかい食感。海老のプリプリ感とは対照的なヤワヤワ感。おもしろい麺です。ごちそうさまです。
それにしても、大手町ほどの街となるとランチの選択肢が豊富にあってすばらしいです。選んだお店が結果的にイマイチだったとしても、選べる自由があるということが大事です。
常々思うのは自己を形成しているもののなかにその個人オリジナルのものなんてなんにもないんじゃないかということ。誰かから借りた服を何枚も着ているんです。いざ自分を確かめようと脱いでいくと、裸になるのではなく、なんにもなくなっちゃうんじゃないかと。
つまり、自分とは選択のかたまりなんです。誰かのことばや考え方、雰囲気、経験などを、直接ひとから、間接的に本や音楽、映画などの媒体から自分に取り込んでいるのです。そういう意味で、選ぶこと、選択の自由があることというのは幸せなことなのです。
それにしても選択肢のないお昼はつらい。それ以上につらいのは夜。新橋の夜、どこで呑もうか迷っていた頃が懐かしい・・・。
やはり私が私たるためには無理を押してでも新橋に行かねばなりません。夜の選択が私の大部分を形成しているのですから(笑)。
それにしても、大手町ほどの街となるとランチの選択肢が豊富にあってすばらしいです。選んだお店が結果的にイマイチだったとしても、選べる自由があるということが大事です。
常々思うのは自己を形成しているもののなかにその個人オリジナルのものなんてなんにもないんじゃないかということ。誰かから借りた服を何枚も着ているんです。いざ自分を確かめようと脱いでいくと、裸になるのではなく、なんにもなくなっちゃうんじゃないかと。
つまり、自分とは選択のかたまりなんです。誰かのことばや考え方、雰囲気、経験などを、直接ひとから、間接的に本や音楽、映画などの媒体から自分に取り込んでいるのです。そういう意味で、選ぶこと、選択の自由があることというのは幸せなことなのです。
それにしても選択肢のないお昼はつらい。それ以上につらいのは夜。新橋の夜、どこで呑もうか迷っていた頃が懐かしい・・・。
やはり私が私たるためには無理を押してでも新橋に行かねばなりません。夜の選択が私の大部分を形成しているのですから(笑)。
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Why not find your new realities?
食とは、味はもちろんのこと、サービス、価格、雰囲気、タイミングなどの複雑な要素の織りなす重要な活動です。それは一般的な消費者たる私たちにとっても単なる消費行為ではなく、そこから受けるおいしさや楽しさにより生産的行為となっているはずです。
そこには新しい発想、新しい知覚、新しいコミュニケーションが存在するのです。それらは、すぐそこにあります。その新しい現実をご一緒に発見し、確認していきましょう。
とはいえ、この活動は「内食」すなわち家庭の食事をないがしろにするものではありません。さりとて、単身赴任、孤食、常態的残業、夜間の塾通いなど、旧来の「暖かい食卓」を求めるには難しい世情となっているのが現状です。そういった現実とのバランスをとりながら、新しい現実を探求する必要があるのでしょう。
